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政治家岡元行人誕生秘話
「あたりまえのことをあたりまえに出来る政治」これは、私が31歳で市議会議員初当選した時、応援してくれた仲間と同世代に向けて、誓った言葉であります。
20代後半、私は地域の公民館職員として青年活動の指導員をしていました。その中で、若者の考えが行政に通じない、あるいは理解してもらえない、そういった場面に多々遭遇しました。
それは次第に「自分たちも社会の一員なのに、若者だからといって、意見が通らないのはおかしい?」との思いに変わり、その呼びかけに多くの仲間が賛同してくれました。
自分たちの世代の声を政治や行政に届ける必要がある。ヨシ、誰もやらないのなら、自分がその役割をしようじゃないか!そう決意したのが28歳の頃でありました。
地盤(組織)看板(知名度)カバン(資金力)がなければ選挙に当選できないと言われる中、どれひとつ無い状況で、それでも立候補を決意したのは、納得いかない事を突き詰める、自身の性格と、同世代の仲間達と共有する一種の正義感があったからでありました。
地元色の強い市議会議員選挙であることから、挨拶回りに行くも、「お前は応援できない、帰れ」と言われたり、「選挙はガキの遊びじゃない」などと言われました。今でも使っている仲間が手作りしてくれたダルマと、りんご箱を積み上げ、シーツをかけただけの粗末な祭壇で、まさに「こころひとつ」に仲間と戦った選挙の結果は2803票、新人トップの7位当選でありました。
2期8年に渡り、同世代の代弁者として市議会で種々の活動を続けて参りましたが、平成15年、38歳の時、弘前・西目屋選挙区より、低迷する津軽経済を一新する決意で、県議会議員に初挑戦致しました。以来、3期12年に渡り、地域経済基盤の確立を目指し、様々な取り組みをして参りました。4つのアップもその取り組みの一部であります。
若者が、しっかりと仕事を持ち、結婚し、家庭を築く・・。やがて、その子ども達もまた・・。私はこの、子々孫々の幸せをつなぐためにこそ政治はあるべきと考えます。
私たちの「まち」はすばらしい自然に恵まれ、心豊かに生活できる地域であります。
しかしそれは、働く意欲のある人みんなが仕事に就け、糧を得ることで初めて実感できるものだと思います。
地域に眠る多くの経済資源は、まだまだ活かすことが出来ます。地域に埋もれているたくさんの宝を掘り起こし、みんなで分け合うことで、私たちは、あらためて幸せを実感できることでしょう。
私、おかもと行人は、次の4年も引き続き宝物の発掘に汗を流します。
「すべては、次世代のために」
岡元行人